プロフィール

看護師歴25年のカウンセラーが寄り添う

あなたの人生が色鮮やかに輝く

ライフカラーアートセラピー 

 

ライフカラーセラピスト 

 彩り サチコです

  

 

私はなぜか人にイライラ・・・自分にイライラ・・の連続でした。

どうして自分の思い通りに進まないの?

と思いながら苦しみ、人生の逃げ道を探していたと思います。

しかし、カラーアートに出会い、悩みを上手く表現できなくても思いつくまま

落書きするだけで、家族関係・職場の人間関係のもつれの原因がハッキリし、

なりたい自分に変わっていけると実感しました。

 

思い悩みがあり誰に打ち明けようか、この人は大丈夫か不安になりますよね。

カウンセリングやセラピーを受けるにしてもカウンセラー/セラピストとの相性が大事だと思います。

これから私のプロフィールを紹介します。

私が体験したこと、感じたことなど

参考にしていただければ幸いです

 

 

好奇心旺盛な私が「お姉ちゃんでしょ。」と言われつづけて・・

2人姉弟の姉の私。

好奇心旺盛で天真爛漫な性格だったと両親は言っていました。

自由にさせると「糸の切れた凧」ようになると心配した両親が与えた「お姉ちゃん」としての役割

1歳6か月離れた臆病な性格の弟を思いかわいがる両親に甘えたい私。

 

「お姉ちゃんでしょ」「弟をかわいがってあげなさい」と言われて嫌と言えず・・

言われた通りにすると当然と言われて嫌でしょうがなかったです

 

父は昔ながらの封建主義的な人。

自分の意見と食い違う場合には力で抑え込む、「しつけ」という名の暴力は当たり前でした

母はそれに黙って従う人。

父は自分も同じ体験をしていた為、しつけとはそうゆうものだと信じていました。

駄々をこねると、厳しい顔つきになり・・手を振りかざそうとする仕草が怖くて・・

常に顔色をうかがいながら行動していました。

 

顔色を見ながら、いい子にしている自分にイライラ・・

幼少期の家庭環境が

自然といい子を演じることにつながっていたと思います。

その為、親の意見と反対の行動に対し臆病でした。

自我が芽生え始めた中学生時代、

好奇心旺盛な私は部活動など参加したかったのですが、

母に相談すると「お父さんがいいといったらね」と言われるたびに

父親の壁は高く感じて挑戦をあきらめていました。

考えの違いをぶつけると力で抑え込まれる家庭環境は息苦しく、

親の敷いたレールの上を歩くことに対し自分の心のうちはモヤモヤ、イライラ・・

 

自分の目標は親の目標・・達成感がなかった日々

 

ただ時間が過ぎていけばいいと思う毎日。

しかし、学生生活は先生の言うことを聞いていれば

先生もかわいがってくれたので、学校は居心地のいい場所でもありました。

 

自分は嫌だけど、人が嫌がることは積極的に行動していたので

学級委員、生徒会の仕事などしていました。

人に好かれるようにするにはどうしたらいいか

自然と身についていたのだろうと思います。

周囲から恵まれている家庭環境、人前では笑顔でいる自分は

本当に幸せと感じていなかったと思います。

 

 

親の理想と真逆の選択、初めての反抗・・結婚

親の理想は大学に入って先生になってもらう事。

しかし、大学受験に失敗し公立の大学と同等のですべり止めの看護学校を受験し

21歳で看護師に。

社会人になっても実家暮らし。

医療に興味がないままだったので24歳、結婚を機に退職しました。

 

家庭内のルールは厳しく窮屈な毎日が嫌で早く実家を出たい、

自立したいと思った自分の目標が結婚でした。

 

 

 

当時、付き合っていた人は1歳年上で友達感覚の人。

お互いの意見ははっきり言えて、気が合う仲間の一人でした。

グループ交際でそれぞれのカップルが結婚し自然と結婚の運びになったと思います。

 

しかし、彼は父の理想とは程遠い容姿、礼儀も知らない人でかなり反対されました。

 

結婚は自分で決めたいと自我が許せず、家を飛び出し友達の家に泊まり歩き、

両親の前で暴言を吐くなど反抗してました。

親は、今までにない行動にびっくりし、しぶしぶ認めざるを得なかったようです。

 

自分でもどうしてあんな力が出たのかはっきりしませんが、

自立したかった欲求が強かったと思います。

相手には申し訳ないのですが、

好き、嫌いなど感情はわからず、自分がなかったです

でも、タイミングは「したい」と思う強い行動に対し

実現するものだと実感しました。

 

 

ワクワク結婚生活のはずが喧嘩と束縛の日々に・・

親の権力に勝ち得た結婚。

結婚生活は自分の人生を変えられる、

相手の性格も変わるだろうと夢見るような生活を想像していました。

しかし、何でも話せるというのは、

言い合うだけでかみ合わず、喧嘩の繰り返し。

意見を言うことで発散出来ていたはずなのに、

内容は否定され自分勝手な相手に合わさなければ生活が成り立たず、イライラ。

結婚前と同じような毎日にイライラでした。

 

 

夫の言葉、行動にイライラ・・

クリスマス行事などを提案しても

夫は「世間はそうかもしれないけど、人は人。」などと主張。

夫が家にいて私が外出する時には

どこに行くのか、何時に帰ってくるのか、どうして遅くなったなど

束縛が激しく、私が一緒に行きたい場所を選択しても否定され、

夫の行きたい場所を優先。

 

言い争いが激しくなり、息苦しくなった時に

家を飛び出すと追っかけてきてはカギを奪い取られる状況でした。

どうして、何故が多くなり、

頭痛、食欲不振など病院に行っても原因はわからず、不定愁訴の連続。

気分が悪く、寝込むことがあると夫からはねぎらいの言葉はなく

病気を理由に何もしない私を非難しました。

 

 

喧嘩を終息させるのは、いつもから謝るのは私。

相手からの謝罪の言葉は聞いたことがなかったです。

非難されれば私が悪かったと認めることで

相手が変わってくれると願い、反省ばかりの日々。

そんな自分が大嫌いになり、相手の意見に同調することが出来ず・・

長年ともに過ごした夫婦は「似た者夫婦」になると聞き

嫌悪感を強く感じ、31歳で離婚を決意。

 

 

「脱落者」のレッテルを貼られて

世間体を気にする両親は私に対し、

口を利かず、無視する態度でした。

父はお酒が絡むと「脱落者」と罵りましたが、

母は黙って子育てに協力してくれました。

 

結婚を失敗すると人生すべてが失敗になるのかと

何もかもやる気を失っていました

 

自分で勝ち取った結婚を否定することになり

益々自分の意思決定に自信がなくなり自暴自棄に。

しかし、母親として自立しなければと思い、

29歳で再開した看護師の仕事を頑張りました。

当時7歳になる子供がいたので人間としてしっかりしなければと感じました。

 

 

人生が楽しいものと思わせてくれたのは色の世界、

32歳の時に母親より

「気分転換に何か役に立つ習い事でもしたら」とアドバイスがあり、

自然界の色に対し、忘れていた好奇心が沸き起こり

「カラーコーディネーター講座」を受講。

服のコーディネイトや生活環境は色の配色で印象が変わり、

幅広く活躍していることにびっくりしました。

特に色彩心理は大変興味深く、

色は言葉がありココロを表現できるという事です

 

 

自由に表現していいことに気付き 涙、涙、

今まで、嫌われないように好かれる言葉ばかり使っていた自分は

言葉の選択が苦手でした。

 

惹かれる色は、

深層心理が語る「もうひとつの言葉」

気になる色は

「自分の意識では気づいていないココロの変化」を教えてくれました。

 

 

好きな色は青、選ぶ色は紺色、黒を選んでいた自分。

好きな青がポジティブであれば

「自立、冷静、理性」で自分のエネルギーが内側に向かっている場合が多く

少しネガティブになると「自己抑制、孤独」などがあります。

色が暗い色になるとその印象が強くなり

紺色が多い学生時代に多く表現されている私は強い抑圧を受けていたと思いました。

 

それに気づき表現できたことで

抑圧されていた感情が一気に沸き起こり涙が止まりませんでした。

 

内側に向かっていたエネルギーを発散出来たことで

活動、外向モードに変化し違和感があった赤色のセーターを

似合う色として見つけられたことが自己表現のきっかけになったと思います。

 

離婚後、心配だった子供の絵に黒と紫で書かれたものがありました。

 

その深層を理解したくて

34歳でカラーアートセラピー講座を受講で表現方法を学びました。

黒は抑圧、紫は葛藤の心理があり、笑顔だった子供は

ストレスを感じていたことを知り、同じ目に合わせてはいけない

解放してあげなくてはと決心し、

私の関わり方を変えたことで明るい色を使うようになりました。

 

 

好きなように色を塗ることで深層心理を表現する

私が受けていた家庭内環境を参考に育てるのではなく

一変して子供の自由な表現に合わせていこうと思い行動したところ、

わが子が愛おしいと思う感情が沸き起こり、

反抗期であった子供でも許せる自分がいました。

今では、わが子はしっかりと自分を表現できる大人になりました。

 

反対すると思っていた両親も参加し、

父の表現した鮮やかな色使いびっくりしました

「お花畑にいる自分が気持ちいい」と言い、

 

母は「どうしていいかわからないから曇った色」と

色数が少ないことが対照的でした。

 

父に従う母の気持ちと父が理想を現実にしたかった気持ちが理解でき、

両親を受け入れる気持ちになりました。

 

 

 

傾聴スキルを習得した後、私の言葉かけを受けた反応が・・

言葉は表現できても、寄り添うにはどうしたらいいかと考え、

仕事上でも「傾聴」とは何ぞやと感じていました。

37歳で産業カウンセラー養成講座を受講。

人に寄り添い、感情に寄り添うスキルを習得しました。

 

看護師という立場から

家族とのかかわりについて触れることが多いです。

 

患者さんが治療に対し、

どうしたらいいかわからない不安な感情が沸き起こることがあります。

今までにない感情をぶつけられた家族も困惑します。

 

家族の間に入り、

本人が思っていることを代弁し、共感してもらうこともあります。

本人だけでなく

家族の思いを確認することで

「あの時は話を聞いてもらってスッキリしました。」

「話していると自分のことが整理出来どうしたらいいか落ち着きました」

と声を頂くことが多かったです

また、同僚からは

「どうして、そんなに人の気持ちがわかるの?」と言われたこともありました。

 

 

看護する立場が患者となって人生を考える

42歳の時に子宮頚がんを患いました。

ほんの初期だったので手術で取りきれ、

転移はなく抗がん剤の治療もありませんでした。

しかし、

がんを宣告されたときに「自分の死」について深く考えました

 

抗がん剤の治療に携わり、

看取りの場面で「人の死」に関わることは多くあります。

仕事として捉えていたことも、

もしかしたら私が・・と思うとゾッとし身近に感じました。

 

そのときに出会った患者さんが多く言葉にするのは

「あの時にやっとけば良かった」と後悔の念です

 

残りの時間をいかに過ごすか、

身近な大切な人との関係を振り返る。

 

そんな時に「残りの時間を有意義に過ごしたい」と願うが

嫌な人とは思われたくないと葛藤することがあります。

嫌な人と思われずに表現できればストレス解消になると思っています。

 

病気にならないようにし維持できている人は

ストレスを感じていない人ばかりです。

 

患者さんの中には、「我慢すれば、手に入る」と考えているほど

ストレスが大きくなっている印象です。

 

ストレスを大きくしないことは・・

自分の器を大きくすること、考え方を変える人、

性格を変えることはできません。

しかし、考え方は「受け取り方の違い」だと

看護師の経験上、患者さんの言葉、行動をみて勉強になった点です。

行動内容として、

生活習慣の中で自分の小さな歪み、

このままでいいの?とメンタル面で

違うんではないかと思うことも

見ないふりをして過ごしてきたのではないかと感じます。

 

 

アートカラーセラピーと傾聴スキルで人生を見直す
きっかけに・・

病気がきっかけでなくても人の寿命はそれぞれです。

最期がわからないから

悪循環に早く気付き、

なりたい自分と良かったと思える時間を

たくさん増やしていくことが

幸せだったと思う人生だと思います。

 

私も年老いていく両親がいる、

仕事上、人間関係もうまくいかないことも多々あります。

でも、今のほうが断然いい!幸せだと感じています

時間の使い方も変化しました。

自分の中に取り入れるには

自分にあっているもの

自分が喜ぶものを取り入れていくと

健康パワーがアップしてくるのではないでしょうか?

 

画用紙の中では誰もジャッジしない。

表現したことで今の自分を理解し、

自分の感情をコントロールする。

 

また、傾聴スキルを身に着けたことで

相手が考えていることが深く理解することが出来、

相手を変えるのでなく自分が変わることで

周囲が変化していくメソッドが出来ました。

 

「今までの人生に悔いはない、よかった」と

思えるメンタルを強化するには

生活習慣改善し

健康が健幸に

変化できることを実感できることを

目指します。

 

 

あなたの人生が色鮮やかに輝くライフカラーセラピー

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